流域治水×NbS/分散した備え

本来は洪水対策のための施設ではない農業用ダムと田んぼを、流域の洪水対策に組み込むには、ダムの管理者や農家の理解が欠かせません。論文は、そのために効果を数字で評価して見える化し、関係者に伝えることが有効だと考えられる、と書いています。その見える化に取り組んだ農研機構のチームの研究が、2026年9月に農業農村工学会論文集で公開されました。対象は山形県の最上川の上流域です。
やったことは、実際の雨を使った「もしも」の計算です。
・2010〜2020年に実際に起きた14回の洪水について、そのときの雨の観測をもとにした1km単位の解析雨量を使う
・川の流れを1km四方・1時間ごとに計算するモデルを、実際の流量の記録に合うように調整する
・そのうえで、ダムの水位を事前に何m下げていたら(8通り)、田んぼダムに流域の水田の何割が取り組んでいたら(7通り)を組み合わせ、どちらも使わない場合と比べて、洪水のピークがどれだけ下がったかを計算する
田んぼダムは、大雨のときに水田に雨水を一時的に貯めて、川へ流れ出るのを遅らせる取り組みです。論文によると、これまでの研究はダムと田んぼを別々に、しかも施設の力を最大限に使える条件で評価したものが多かったそうです。実際には、農業用ダムは水を使う営農との兼ね合いで空きを十分につくれないことがあり、田んぼダムに取り組む面積も農家の意向で変わります。この研究は、2つを同時に、現実に取りうる幅の条件で比べています。
結果です。この流域では、多くの洪水でダムの効果のほうが大きく出ました。そのうえで、
・ダムの効果は、ダムの地点では大きいが、下流に行くほど薄まる。ダムより下流で流れ込む水が加わるため
・田んぼダムの効果は、水田の多い下流に行くほど大きくなる
・雨が下流側に多く降った洪水では、ダムはほとんど効かず、田んぼダムのほうが大きく効いた。雨の強まりが2回あった洪水では、ダムの水位を下げておいた量によって、どちらが大きく効くかが入れ替わった
流域の平均雨量が最も多かった洪水では、ダムの水位を2m下げ、田んぼダムを流域の水田の6割で実施すると、下流の地点で洪水のピークが約16%下がる計算でした(田んぼのまわりの畦〈あぜ〉の高さが30cmある理想的な条件での値)。著者らは、雨の降る場所や時間を事前に完全には予測できない以上、単独の施設に頼らず、複数の施設や農地で効果の及ぶ範囲を面として覆うことが、より効果的な流域治水になりうると示唆しています。
「ダムは上流で効き、田んぼは下流で効く」だけなら、当たり前に聞こえるかもしれません。でも、協力をお願いする側が、どこで、どんな雨のときに、どれだけ効くのかを示せるかどうかは、取り組みが広がるかを左右するのだと思います。見えにくい効果を、判断に使える数字にする。社会インフラのレジリエンスで設計すべきなのは、大きな施設の性能だけでなく、場所の違う小さな備えの組み合わせと、その効果を示す情報なのだと感じました。
🔗 論文(J-STAGE): https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsidre/94/2/94_I_149/_article/-char/ja/