都市農地×自然資本/生産緑地の外の農地

都市の中の農地は、防災や景観、地域のつながりの場としても見直されています(2015年の都市農業振興基本法)。ただ、市街化区域の農地を守る中心の制度である生産緑地は、持ち主が農業を続けることを前提に税を軽くする仕組みです。では、その制度の外にある農地は、どこに、なぜ残っているのか。
大阪大学などのチームが『日本建築学会計画系論文集』2026年10月号に出した論文は、大阪市の市街化区域でこれを調べています。農林水産省のオープンデータ(農地の区画の地図「筆ポリゴン」2023年度)で市内の耕地をすべて拾い、市の生産緑地のデータと重ね、航空写真で使われているかを確かめ、登記などで持ち主の経緯を追いました。
区画の数(筆数。筆は土地の区画の単位)で見ると、
・市内の耕地1,362筆のうち、生産緑地は776筆(57.0%)、それ以外が586筆(43.0%)
・主に航空写真で(判別が難しい区画は現地で)使われていることを確認できた「非制度的農地」は373筆。一度も市街地にならずに残った農地が289筆、建物を壊した跡に生まれた農地が60筆(判別できないもの24筆)
そして、残った農地も新しく生まれた農地も、明治の初めからある集落の家々とその近く(約250m以内が目安)に集まっていました。そこでは、旧集落に住む人やその親族が持ち続けてきた土地が多く、明治42年より前から同じ家で受け継がれてきた例もありました。一方、建物の解体跡に生まれた農地で見ると、集落から離れた場所では行政や法人が持つ土地が中心で、幼稚園や保育園の法人が倉庫の跡などを買って学習園にした例もありました。
著者らは、「市街化区域内の一定面積以上の農地」という一律の見方だけでなく、市街地がどう広がってきたか、誰が土地に関わってきたかという動きの観点からも、保全の枠組みを考え直す余地がある、としています。
論文の外の制度の話を足すと、大阪市を含む三大都市圏の特定市では、生産緑地でない市街化区域の農地は、固定資産税が宅地並みに課されます。生産緑地のように営農を続ける義務はなく、宅地に変えるのも持ち主の判断です。つまりこの373筆は、税の軽減も保全の枠もない中で、持ち主が持ち続けてきた土地です。論文は税や義務そのものは扱っていませんが、ある地区(長吉瓜破)の残った農地については、営農が目的というより土地を持ち続ける判断の結果ではないか、と見ています。
ここから考えたのは、都市の緑や農地を地域の自然資本として扱うなら、制度の台帳だけでは足りず、数えるだけでも足りない、ということです。大阪市では、区画の数で4割あまりが生産緑地の外にありました。そうした土地は、守る約束も優遇もない代わりに、持ち主の判断ひとつで無くなりうる。著者らが挙げるのは、営農の終了や建物の解体といった転用の局面で、農地として使い続ける選択肢が立ち上がる条件(持ち続けやすさ、使い手の受け皿)を考えることです。どこにあり、誰がなぜ持ち続けているか、そしてどの制度の下にあるか。その情報があって初めて、都市の自然を守る手立ては考えられるのだと思います。
🔗 論文(日本建築学会計画系論文集 91巻848号): https://doi.org/10.3130/aija.91.2282