自然×ヘルスケア×評価設計

2026-08-21

自然×ヘルスケア×評価設計 図版1

スコットランドで、都市の林を改善した事業の効果を、抗うつ薬と抗不安薬の処方記録で評価した研究を調べてみました。8月13日、The Lancet Planetary Health。成人129,335人を、2012年から2016年まで月単位で追っています。

結果が二つに割れました。

同じ人を時間で追った分析では、改善された林から800メートル以内(論文は徒歩およそ10分としています)に住んでいた期間のほうが、それより遠くに住んでいた期間より、抗うつ薬を処方されるオッズが低くなっていました。調整後オッズ比0.90、95%信頼区間0.87〜0.93。抗不安薬も0.94(0.90〜0.99)です。

一方、人と人を比べた断面の分析では、逆の向きに出ます。改善された林の近くに住む人のほうが、処方されるオッズが高い。1.10(1.03〜1.20)でした。

論文は、これについて、事業が社会経済的に不利な地域を優先したことを、一つの説明として挙げています。

事業の名前はWoods In and Around Towns。この研究が対象にしたのは、そのうち既存の林を対象にした改善のほうです。歩道を敷き直し、標識と入口を整え、ファミリーデーや写真のワークショップを開く。対象になる林は、人口2,000人以上の集落から1キロ以内で、かつスコットランドで最も剥奪度の高い15%の地域にあること、と決められていました。もともとメンタルヘルスの負担が重い場所を、意図して優先している。だから人と人を比べると、そこに住む人のほうが処方を受けている、という絵になります。

著者らは結論部でこう書いていました。地域単位の介入は、断面比較で評価すると、効いていないように、あるいは有害にすら見えることがある。断面データだけなら、この研究の結論は違うものになっていた、と。

必要性の高い地域を優先する、という設計そのものが、評価の見え方を変えてしまう。グリーンインフラの効果を数字で示してほしい、と言われている人にとっては、重たい話だと思います。

もっとも、この研究が因果を証明したわけではありません。政策のほうが対象地域を決めてくれたおかげで比較ができた、という自然実験です。

同じ人の中で、林が近くなった期間とそうでない期間を比べる個人内分析なので、時間によって変わらない未測定の要因の影響は抑えられます。ただ、時間とともに変わる要因は残ります。処方もメンタルヘルスの代理指標で、症状が良くなったり悪くなったりするタイミングまでは捉えきれないかもしれない、と原文にあります。事業のあとで住民が実際に林を使ったかどうかのデータもない、とも。(方法の節には、2011年の抗うつ薬シタロプラムの全国的な供給不足が事業の実施時期と重なり、見せかけの関連が出たので研究期間を2012年からに切った、という記述もありました。自然とも緑とも関係のない事情が、推定を歪めることがある。)

自然への投資の効果を可視化するには、データを集めるだけでは足りないのだと思います。どのような仮説に基づいて、誰と誰を、いつ、どの単位で比べるのか、など集めたデータが意思決定に役立つように翻訳していく、そのようなプロセスを磨いていくことが答えになる。私はいま、そこが大きなチャレンジだと感じています。

🔗 論文(オープンアクセス): https://doi.org/10.1016/j.lanplh.2026.101503
🔗 事業の概要(Scottish Forestry): https://www.forestry.gov.scot/woods-and-around-towns