市民の庭×行動の障壁


庭を生きもののために変えるとき、いちばん多く挙がった障壁と、「やりそう」という回答と最も強く結びついていた障壁が、違っていました。
8月18日、People and Nature。英国の231世帯への質問紙調査です。回答者の92.2%はすでに何かしら生きものに配慮した要素を庭に持っていて、平均5.4個。もともと関心の高い層です。それでも、そこにもう1つ足す見込みは低く、論文は関与の確率を37.5%と見積もっています。
報告された障壁997件を、人が行動するには能力・機会・動機の3つが要る、と考える枠組み(COM-B)で整理しています。そのうち能力と機会にあたる4つに分けると、件数はこうなりました。
・物理的な機会(場所・費用・時間・手入れ)67.9%
・心理的な能力(何なのか分からない・やり方が分からない)20.5%
・社会的な機会(見た目・近所の目)6.2%
・身体的な能力 5.4%
ところが、「やりそう」「どちらとも言えない」「やらなそう」のどれを選んだかを、障壁の数から説明する分析になると、順番が入れ替わります。障壁が1つ多いほどオッズは低くなる関係で、その下がり方がいちばん大きかったのは心理的な能力の66%。身体的な能力57%、社会的な機会52%と続き、いちばん件数の多かった物理的な機会は49%でした。
なお、3つのうちの動機は、障壁としては測られていません。「やりそうか」という回答そのものが動機の側に置かれているので、動機と他の要素を並べて比べることはできない作りです。
論文はこの食い違いを、そのまま論点として書いています。著者らの言葉では、自己申告の「やりそうか」は心理的な能力に強く左右され、一方で個々の要素に紐づいて多く挙がるのは物理的な機会のほう。この食い違いこそが、行動を変えてもらうことの難しさを表している、という読みです。
日本でも、市民が公園や庭に関わる話は「意識」の問題として語られがちだと感じます。この研究の分け方で日本の現場を見たら、何がいちばん効いていることになるのか。そこが知りたくなりました。
⚠ 表明された「そうするだろう」であって、実際の行動ではありません。回答者は動物園のメール名簿から集められていて、関心の高い層に偏っています(著者が限界として明記)。
🔗 論文(オープンアクセス): https://doi.org/10.1002/pan3.70412